ガンフレンド
ガンフレンドは、国立ガンセンターへ入院していた患者仲間の四方山話から設立された患者会です。
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家族からの手紙
 人は明日どうなるかわからないという言葉がありますが、私の夫は61歳でこの世を去りました。私達は結婚して40年、ケンカもしたけど仲の良い夫婦だったと思います。
 夫は18年前にも大きな病気をして手術を受けました。でも、元気になり一生懸命仕事をしてくれました。日曜日が来ると朝早く起きて、徳島の日曜市に行くのが楽しみでした。
 やさしくて、まじめで、そんな人が何故がんに侵されるのかくやしくて、もうわかった時は手遅れと言われ、でも、医者は化学療法で頑張りましょうと言ってくれました。私は、お父さんは死なない、この治療でまた元気になると信じていました。


 ある日、夫がお金が・・・大金がいる、どうしようと思いつめた顔で私に言いました。夫は病気のショックもあるのに、お金の心配・・・かわいそうに、私は涙があふれてくるのをこらえて、お父さん心配ないからね、御先祖様に申し訳ないけど、田んぼを売らせてもらおう。
 そして、私はすぐに友人の家に行き、必死の思いで友人にお願いしました。今の日本で田んぼを買ってくれる人なんかいないのに、友人はこころよく買ってくれました。


 通院が始まり、抗がん剤を受けて会計に行くと、あまりにも高い治療費にびっくりしました。最初の内は抗がん剤がよく効いて、がんが小さくなり、私達は喜んで、この調子でいったら大丈夫と思っていました。
 でも、3ヶ月ぐらいしたら、数値がだんだんと悪くなり、夫も副作用に苦しみだしました。それと同時に、お金の心配もしなければなりません。どんな事があっても夫には生きていて欲しい、もしお金が底をついたらどうしよう、私は思いあまって、主治医に逢ってたずねました。


 先生、他の病気で治療費がいらないことがあるって聞きました。がんは何故こんなにもお金がかかって、何もしてくれないのですか。医者はがんはだめなんですと言い、目をそらされました。お金がなかったら助かる人も助からない、そんな事があっていいのだろうか、腹立たしさに身体がふるえました。


 そんなしているうちに、夫は食べられなくなりまた入院。それが家に帰れることのない入院でした。私は夫の状態が悪くなっているのに、夫は死なない、大丈夫だと信じていました。
 副作用がだんだん激しくなり、夫が小さな声で個室に変わりたいと言いました。それなのに私はお金の事を思い、返事をしてあげられなかった。この事が1番夫に対して申し訳なく思い、あの時変わらせてあげればよかったと心から思います。


 最後に、痛み止めを飲みたいと言うので私は夫の身体を抱き上げて、飲ませてあげようとした時、夫はショック死で目を開けなくなってしまいました。


 お父さん、お父さん、大切なお父さん、なぜ、なぜ死んだの、かわいそうに・・・、私がもっと早く気がついていればよかった。御飯を減らしてほしいと言った時に気がついてあげていれば、ごめんなさい、ごめんなさい。


 苦しみもあまり私にうったえず、男らしくて、最後まで私の心配をしてくれたお父さん。早くがんによく効く薬が、いい治療法が見つかるといいなと思います。そして、人ごとではなく、自分自身の健康に気をつけて生活していかなくてはならないと思いました。




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